<3. 告訴に至る経緯等2> 告訴状
3 第1回目の監禁から脱出後の経緯
告訴人は,ホームに帰ってから後は,職場に戻ると再度家族等から拉致されるかも知れないという恐怖心があったため,戻ることができず,大成建設を退社するを余儀なくされた。その後は,信徒組織において献身的に伝道活動や教育活動に従事するようになった。
昭和63年末頃には,妹の被告訴人後藤○○が両親,及び被告訴人後藤○○等によって拉致され,脱会した。
被告訴人後藤○○は,脱会後,被告訴人宮村が行う統一教会に対する反対活動に加わるようになり,平成3年には東京地裁に統一教会を被告とする損害賠償請求訴訟(いわゆる「青春を返せ裁判」)を提起している。
平成4年8月,告訴人は,○○と共に韓国ソウルで行われた3万双の国際合同結婚式に参加したが,日本に帰国後,同女は家族らによって脱会説得を受けて信仰を失ったため,同女と結婚生活を開始することはできなかった。
平成5年頃,被告訴人後藤○○は○○(以下,「被告訴人後藤○○」と言う)と結婚した。被告訴人後藤○○も,親族に拉致監禁され,宮村,及び松永堡智(日本同盟基督教団新津福音キリスト教会牧師)らから脱会説得を受けて統一教会を脱会した元統一教会信者で,脱会後は統一教会に対する反対活動を行うようになり,平成3年に新潟地裁で「青春を返せ裁判」を提起しているものである。
平成7年8月,告訴人は○○と共に韓国ソウルで行われた36万双の国際合同結婚式に参加したが,同年9月に告訴人が後記の通り2回目の拉致監禁の被害に遭ったため,同女と結婚生活を始めることはできなかった。
4 第2回目の監禁(本件)
(1) 新潟のマンションでの監禁
告訴人は,平成7年9月11日夜,東京都西東京市の自宅に帰宅して滞在中,両親,被告訴人後藤○○及び庭に潜んでいた見知らぬ男性らによって四方八方を囲まれ,左右両脇を抱えられ抵抗できない状態にされ,家の中から引きずり出され,ワゴン車に監禁された。なお,庭に潜んでいた男性は,被告訴人宮村が経営する株式会社タップの従業員であった。
ワゴン車には家族及び見知らぬ者達が乗り込んで告訴人を取り囲み,見知らぬ男性が運転し,告訴人は,彼らによってワゴン車に監禁されたまま新潟に連行された。
新潟のマンションの部屋は,窓が全てストッパーで固定され開かないようにされ,玄関は内側から施錠できる玄関で,告訴人が部屋に入れられた後に施錠された。同室では両親,被告訴人後藤○○,被告訴人後藤○○が監禁場所に常駐して告訴人を監視し,棄教を強要した。
告訴人が同室で監禁されていた最中,被告訴人後藤○○は東京で働いていたため,時々顔を見せる程度であったが,来る度に告訴人に棄教を強要した。特に,告訴人を監禁して間もない頃に被告訴人後藤○○は告訴人に対して,「言っておくが,この問題は絶対に許さんからな。この問題を解決するまでは絶対に妥協しないし,この環境もこのままだ。我々はどんな犠牲を払っても決着をつける。お前もそれは,覚悟しておけ」と言って,告訴人が完全に棄教するまで絶対に監禁から解放しない旨述べて,告訴人に棄教を強要した。
また,同室には被告訴人松永らが来て告訴人に対し脱会説得を行い,棄教を強要した。
平成7年12月末,告訴人は,このままでは監禁状態から解放されることは不可能であると判断し,意に反して脱会した振りをし,意に反して脱会届を書いたが,先の1回目の監禁時,告訴人が偽装脱会をしていたため,信用されず,告訴人が脱会を表明した後も,被告訴人らは告訴人の監禁を継続した。



